- 公立トップ高から灘高校への志望校変更の理由
- 勉強開始初期の快進撃エピソード
- あれ、むしろ公立トップ高校の方が難しい!?理由
前回の投稿にて、進研ゼミのダイレクトメール同封のマンガを見たことが勉強をスタートしたきっかけと説明した。
一方で、この時点ではマンガの主人公達と同様に公立トップ高校を目指していた。
では、なぜ私が公立トップ高をそもそも目指していたのか。
もちろんマンガの影響というのもあるかもしれないが、純粋に公立高校しか私の認知する世界には存在していなかったのである。
そう、私は当時、灘中学・高校の名前を知らなかった。13歳のときだったが。
そんな私が灘高校を目指すきっかけになったきっかけ・・
そこから始めよう。
【灘高校との出会い】
今でもはっきり覚えている。
それはまたもやチラシであった。
地元に根を張る進学塾の、合格実績を引っ下げたチラシ。
そこに書いていた、
灘高校:8名合格!!!
当時の私からすれば、そもそも読めないのである。
”さんずい”に難しい?、なんですかこれ。
すぐに母親に聞いた。
筆者「これ、なんて読むの?」
母「なだ、よ」
筆者「なんで8名合格でこんなでかでかと自慢してるのさ?」
母「そりゃ難しいからに決まってるじゃない!!」
筆者「えっ、それはA高校(公立高校)よりも難しいの?_
母「当たり前じゃない!!」
そのとき、私はこう思った。
なーんだ、もっと上の高校があったのか。じゃあ目標はでっかく、そこにしよう。
筆者「じゃあ俺もそこ目指すわ」
母親「何簡単に言ってるの(苦笑) 行けるわけないでしょ(怒)」
あの母親の「何言ってんのこいつ」、みたいな返しは今でも覚えており、そんなもんやってみなきゃわかんねーだろ!!と思った記憶がある。
でも今となってはそれが正常だと思う。
ただ、結果的に私は入れてしまうのだ。
世の中の親御さんに向けて言いたい。
子どものポテンシャルを過小評価してはいけない。
別に私は誰でも勉強すれば可能性があるとかそんな甘っちょろいことは言わない。
ただ、何かをきっかけにそのポテンシャルが開花することだってある。
そして何気ない一言でもそのポテンシャルの開花の芽を摘むことだってあるだろう。
ダメで元々の精神でとりあえずやらせてみればいいんです。
【勉強開始初期の快進撃エピソード】
しかし公立トップ高校から灘高校へ志望校変更したからといって、勉強量を2倍にしたかというとそんなことはなかった。
だって、灘高校がどれくらい難しいのかも分からなければ、どんな風に勉強すれば良いのかもまるで知らなかったから。
地球から見える月と太陽は同じくらいの大きさに見えるが、実際は太陽の方が遥かに大きく遠い。
でもそんなことが分からない程度には、ひたすら受験素人だった。
なので、灘高校を目指すとは家庭内では大言壮語しつつ、一旦は普通の定期テスト勉強などをしっかりやっていた。
マンガが面白かったので進研ゼミにも入ったし、そのころ勉強は苦ではなかった。
当時通っていた塾の勉強もこなしつつ、初めての一学期のテストで学年10番以内。
期末テストで1番をとったと記憶している。
実は私がいた中学校は教育熱がそれなりに高い地区だったので、母親もかなりびっくりしていた。
もちろん、公立中学で1位だったからといって灘高校に行ける可能性など微塵も感じていなかったようだが、それでも意識は少しだけ変わっていたと思う。
私はその後、地元の塾を継続しつつ、週一で電車に乗らないといけない距離のレベルの高い進学塾に通い始めた。
後から母親に聞いたところによれば、そこでレベル差を実感してもらって、井の中の蛙であることを認識してもらえれば、との思いがあったようだ。
願わくば、そのまま勉強のやる気は継続させつつ、公立トップ高校を目指してもらうようにと。
結果的に、私はその塾の全校舎を合わせても3位以内の成績を収めた。
塾の先生との面談でも、営業目的だろうがやたら褒めてくれたこともあり、それでもまだまだ無理とは思いつつも、この頃に母親もだいぶ受験への覚悟が決まってきたと思う。
それでも、母親の中では、公立トップ高校に合格できることが灘高校へ合格する前提条件と認識しており、私もそりゃそうでしょぐらいに思っていた。
【あれ、むしろ公立トップ高校の方が難しい!?】
私は当然の如く、二学期の期末テストでも1位を確保した。
しかしそれでも通知表はオール5でなかった。
そう、副教科の音楽・家庭科・美術・体育など、これらは3だった(5段階)!
私は習い事などほとんどやってこなかったため、これらの科目は不利だった。
そして私の中学は過去に内申点を甘くつけていたことが教育委員会に問題視され、その結果もあってかなり厳しくつけられるとの憶測が飛び交っていた。
美術部員の友達ですら美術の成績が3だった!!
そして我が県の公立高校入試では、当日の入試の点数と全く同じ割合で中学時代の成績・内申点が評価される。
そして副教科の方が数学などの5科目と比べて比重が重かった!!
結果として地元の塾教師に言われた衝撃の一言・・
「この内申点では公立トップ高校は難しい。二番手が現実的。」
意味が分からなかった。なぜ成績が1位の自分が公立トップ高校に行けないのか。
そして、学校によっては授業態度が真面目なだけで副教科が5になるところもあるという。
そんなの不公平じゃないか。
その時、私の中で、公立トップ高校という選択肢は完全に消え、当日入試一発勝負の私立高校受験、灘高校への挑戦以外の退路を絶った。
あの保守的な母親も、このタイミングで私立高校受験しかないと決断した。
そこから私は、いばらの道、スーパースパルタ塾への入塾、そして物理的・精神的な試練の2年間を過ごすことになる。
今後の投稿にて、本内容は紹介させていただくのでお楽しみに。
(あとがき)
13歳の頃に不満を持っていた内申制度。
社会人になった今では、理解できる。
少なくとも日本の大企業において、数学の難問をこなす能力は別に必要ないのだ。
様々な課題・仕事をそつなくこなし、臆することなく上にも下にもコミュニケーションがとれる。
この能力が必要なのだ。
その観点から言えば、一般的な仕事ができる人は灘高校よりも公立トップ高校の方が多いと思える。
金を稼ぐために、別に勉強ができることが至上ではない。
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