人はなぜ少しでも良い中学・高校・大学を目指すのだろうか。きっと少しでも上の母集団に属することで、次のステップでもより良い環境に進める可能性が高まるからでないだろうか。
中学・高校ではテストで高得点を取ること=志望校合格に直結であり、塾の力も借りつつ何の迷いもないまま勉強に向かうことができただろう。それを止める人もいなければ、明確にコースが設定されていたはずだ。
では大学では・・?文系・理系問わず、より良い次のステップに進むためには同じように勉強してテストで高得点を取ればいいのだろうか?迷うことない道を提示してくれる先生・教授はそこにいるのだろうか?
前置きはここまでにして、私が晴れて学部4年生で研究室に配属された時の話をさせて頂きたい。
はっきり言ってレベルの高い研究室ではなかった。ここでの”レベル”というのは、大学生の本分である学問・研究へのモチベーションであったり、その内容に関することである。
配属したての私の二つ上の代に、修士課程2年生の先輩が3人いた。それぞれA先輩、B先輩、C先輩とさせて頂きたい。
A先輩はこの研究室には珍しく研究熱心で、プログラミングの技量なども高かった。私の想像する大学院生の鏡のような方で、いろいろ教えてもらうことも多かった。本当に頭が上がらない。
一方で、B先輩・C先輩は明らかに学問・研究へのやる気・熱意はなかった。B先輩は体育会系の部活に打ち込んでいて、C先輩はよく分からないがコミュ力がすごくあって多趣味で色々なことをやっていた。そう、研究以外。
聞くところによれば、この研究室はほとんど落ちないはずの大学院入試で不合格となり、大学から追放されてしまう学生が代々いたそうだ。B先輩・C先輩もなんとか入試を突破したサバイバーだったようである。
私は研究室に入って、漠然とA先輩のような姿になるのが理想系だと思っていた。一方でB先輩・C先輩はあまり良くない例であり、参考にしてはいけなさそうだと配属一日目から思っていた記憶がある。
ところがである。私の中でのパラダイムシフトはその時起こる。
大学院2年生はバリバリ就活の年である。正直言って、ある程度の学歴かつ理系修士であれば特段苦労はしないものである。(またの機会に投稿できればと思うが、理系には”推薦枠”というチートがある。ただし、これはコスパの良い人生を追求する上では罠でもある。)
そう、これを読んでいる皆さんは薄々結末を想像できていると思うのだが、就活においてA先輩は苦戦し、B・C先輩は大成功を収めていたのである・・。
B・C先輩は本当に研究に対してやる気がなかった。研究内容に関しての愛もなかった。ただ、大学院の卒業資格を得るために、そこに在籍して最低限やりきっただけだ。
でも、やるべきことはやっていた。彼らは分かっていた。先生・教授からは一言も教えられることはないものの、逃げずに早くから就活に取り組み、複数の大企業の内定を得ていた・・。
明日は、B・C先輩のリアルと、それを受けた私の切り替えをお伝えさせて頂きたい。
読んでいただきありがとうございました!また明日お願いします!
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